日本代表のレベルも上がり評価を受ける

イギリスが発祥の地と言われているサッカーですが、現在では日本も含め、世界各国で高い人気を誇っているサッカーです。

日本でもプロチーム、アマチュアチーム、一般社会人チーム、大学チームなど数多くのサッカーチームが存在しており、その人気ぶりは圧倒的です。

伝来説はいくつかありますが、日本に初めてサッカーが伝えられたのは、1873年にイギリス海軍中佐アーチボルド・ルシアス・ダグラスが団長を務める、イギリス海軍軍事顧問団が東京築地の海軍兵学寮で紹介したのが最初だと言われています。

その後、神戸や横浜など外国人の交易港がある土地では、イギリス人を中心に外国人によってサッカークラブが設けられサッカーが盛んに行われるようになり、日本でもサッカーが徐々に広がりを見せていきました。

現在ではサッカーと言う呼び名が浸透されていますが、当時はフットボールや、アソシエーションフットボールなどという呼び名で親しまれていたそうです。

1870年代の後半にかけては、国民の健康維持や軍事教練の一環として体育や体操が取り入れ始めていました。

その時代の1978年に体育養成の教員養成として設立された体操伝習所では、アソシエーション式フットボールが取り入れられていた事を窺がわせる様な事が、体操伝習所の坪井玄道の著した「戸外遊戯法」によって紹介されています。

その後、神戸の師範学校などでサッカーが取り入れられ、それをキッカケに近畿地方が先駆けとなって、東京を始めとする全国の師範学校へのサッカーの取り入れが盛んに行われていったそうです。

師範学校でサッカーが盛んに取り入れられた事で、卒業生達が後に教員となって、様々な地域でサッカーを伝えて行った結果、日本各地の中学校や高等学校などにもサッカーが広がって行くという事に繋がって行きました。

結果は不敗に終わってしまいましたが、1917年に開催された極東選手権競技大会のサッカー競技では、東京師範学校が日本の代表として初めてとなる国際試合に出場しました。

結果はどうあれ、初めての国際試合という大きな舞台での試合はいい経験に繋がった事でしょう。

1921年には大日本蹴球協会が創設され、更にはア式蹴球全国優勝競技会が開催されました。

これらは現在の日本サッカー協会や、天皇杯日本サッカー選手権大会で、現在の日本のサッカーの基盤になっていたものと言えます。

1936年にはベルリンオリンピックで開催された、オリンピックのサッカー競技に初出場し、優勝候補だと言われていたスウェーデン代表に勝利すると言う見事な結果をもたらしました。

その後、日本は徐々に力をつけていき1964年に開催された東京オリンピックでは、ベスト8という快挙を成し遂げました。

更に勢いづいた日本は、1968年に開催されたメキシコオリンピックで、メキシコを破り見事銅メダルを獲得しました。

この快挙は、オリンピックのサッカー競技では、アジアが初めてメダルを獲得するという素晴らしい快挙を日本が成し遂げたのです。

日本の選手は外国の選手に比べると小柄ですので、サッカーを行う上ではどうしても不利となってしまいますが、小柄ならではの機敏な動きや、的確な技術などが世界でも認められ、現在では多くの日本人選手達が世界の各地で大活躍をしています。

現在でも着実に、日本のサッカーレベルは上がってきています。

これからどんな素晴らしい選手が誕生するのかとても楽しみです。